2009年03月  |1|2|3|4|56|7|8|9|10|11|12|13|14|15|16|17|18|19|20|21|22|23|24|25|26|27|28|29|30|31|

Contents

カテゴリー別一覧

月別一覧

最新のコメント一覧

« 唐草文様に魅せられて | メイン | オンシジュームから広がる世界 »

2009年02月14日(雑記)

きょうもごはんに感謝です。

DSCF4356.JPG

辛いもの好きの僕としてはタイ料理を食べに行くことは
大いなる喜びです。

とある料理店の店先でいつも気になるのは、入り口に
置かれた女神像の足元の小さなランチのトレイ。最初は、
「今日こんな料理置いてます!」というショーウインドウ的
な機能を持っているものかと思ったのですが、どうやら違う
よう。特にその日に売り物にしている料理ではなかった
からです。

やはりこれは女神様に日頃の糧に感謝するための供物
なのでしょう。ちょっと見えずらいですが、後ろにはタイでも
大切な主食であるお米も盛られています。

そういえば、タイに行ったときご飯がおいしかったな。そして
皆食べるのが大好きな人たちばかりだったな。ご飯を食べ
ているときは皆笑顔だったな。お米の豊作を大地の神に祈願
するのが歴代の王にとっての重要な仕事だったとか。

食事した帰り、女神様にぺこりと小さな会釈をしたのでした。

コメント (2)

エリ姉:

バリでは、バナナの葉の上に塩を振ってその日に炊いたお米を載せ、更にその上にその日のお惣菜を置いて、水の神様、火の神様、米びつ、包丁と石臼、敷地内いあるお寺の中野祠の上、門前等各要所に供えます。

お寺の他に守り神としてある祠には、水とコーヒーとお菓子を花の供物と一緒に備え、その祠の前にバナナの葉の上に塩を振って生姜と赤たまねぎを添えた小さく握ったご飯を載せた物を
お供えします。

この習慣に慣れてくると、朝お供え物をしないでコーヒーを飲んだり、ご飯を食べるのは申し訳ないような気がして来るから不思議です。

日本人には神様、食べ物を作ってくれたお百姓さん、そして料理をしてくれた人への感謝を一言で表すことができる「いただきます」と言う素敵なご挨拶がありますよね。私はバリで両方を上手に使っています。

keisuke:

エリ姉様、

なるほど。教えてくださってありがとうございます。
どうやら、人間は自分がいただいて嬉しいものを神様
や敬うべき対象に差し上げるのですね。

そうですね。こうした行為が習慣になると、それをしないと
なんだかおかしい気がしてきますね。それが日頃の感謝を
促しているのでしょう。

だからお供えものをするということは、恵みに対して
感謝をすることなのですね。

「いただきます」は本当に重要な言葉なのですね。

コメントを投稿

マミフラワーデザインスクールへ  
オフィシャルWeb -インデックスへ
Copyright:(C) KEISUKE KAWASAKI. All Rights Reserved.